トプカプ通信-店主の仕入れ旅行記とトルコ話

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■ 店主の仕入れ旅行記 Vol.7

昨年4月下旬、仕入れも兼ねたトルコ旅行で私の訪れたトルコの名所、旅のハプニング、食べまくったトルコ料理などをご紹介します…。

<カッパドキア 地下都市とウフララ渓谷>
カッパドキア3日目。今日は少し離れた場所にあるデリンクユ地下都市ウフララ渓谷を回ります。

今日もピックアップは9時。早起きの苦手な私はゆっくり目のスタートがありがたいです。今日のお迎えに来てくれたおじさんは、なんでも朝5時ごろからカイセリ空港にお客さんを迎えに行ったり、オトガル(バスターミナル)に迎えに行ったりと、既に2-3の仕事をこなしてきた、と、ややお疲れの様子でした。いや〜観光業も大変ですね。
 そんな話をしながら『ピジョンバレー』を見渡す高台に到着。『ピジョンバレー』=『鳩の谷』の名前の通り、この谷には、鳩のねぐら用に小さな窓がたくさん掘られた奇岩が並んでいます。どうしてわざわざ鳩のねぐらを作ったのかというと、その昔、鳩の落し物(ウ○チ)を葡萄などの作物の肥料として、集める為だったそうです。

谷の上のせいか、すごい風だったので、早々におみやげ屋併設の茶屋(?)に退散。迎えに来てくれたおじさんにチャイをご馳走になりつつ、今日参加するツアーのミニバスを待ちました。 待つことしばし、ツアーのミニバスが到着し、私たちも合流。今日は英語のツアーなのですが、英語ツアーガイドのオスマンさん(だったかな?)は日本語も勉強中で、カタコトの日本語も話しました。ツアー参加者は欧米人と日本人女性が二人の約10人ほど。さっそくデリンクユ地下都市に向かいました。

↑ウフララ渓谷の大パノラマ

デリンクユ地下都市は、カッパドキアの中心部から車で約40分。小さな入口を入るとその中は地下都市の名にふさわしく、いくつもの部屋や階段が掘られています。
なんでも、深さは80m以上もあって、階数にすると地下7階までになり、何万人もの人が生活できたと言います。この地下都市、つい35年ほど前に発見されたそうで、8世紀頃、この地に住んでいたキリスト教徒がペルシャなどの異教徒の侵攻から逃れるために使われていたことがわかっているらしいのですが、中には紀元前のヒッタイト王国時代の遺跡物もあって、その時代まで歴史はさかのぼるという説もあるそうです。

階段や通路はちょっと天井が低くて、昔の人は背が小さかったのかな?と思いますが、生活していた場所は広々としています。
階によって家畜の階があったり、食物貯蔵庫の階、家族用の住まいのある階、キッチンのある階もありました。また、教会や学校、それにワインを作るための場所もあったりして、本当にこの地下の中で生活していたのが良くわかります。

地下生活なんて、なんとなく寒かったり暗かったり、過ごしにくかったのかな?と思いきや、冬は暖かく、夏は涼しく、ちゃんとろうそくで明かりもあって、なかなか快適だったそうです。

ここ、デリンクユの名前の由来は、地下都市内に掘られた深い(=デリン)井戸(=クユ)。井戸の上は地上まで掘られていて、通風孔の役目も果たしていますが、外からアクセスできる井戸は、敵から毒を盛られる恐れもあって、住民は飲み水用には使わなかった、なんて、本当に頭の良い人たちだったんですね。


↑渓谷の壁に作られた教会に描かれた壁画
 地下都市を後にした私たちは、ウフララ渓谷に向かいました。
奇岩と同じ火山灰の降り積もった地層が長い年月を掛けて川に削られて出来た渓谷だそうですが、大地にぱっくりと口を開けた様はまさに圧巻。
 しばし上からの眺めを楽しんだ後、渓谷の底を流れる川沿いをハイキング!この渓谷の壁にもたくさんの祠(ほこら)状の教会が掘られていて、昔の土着の人々の素朴な聖書にまつわる壁画を見ることができます。渓谷の長さは約16km、その間の川を挟んだ壁を掘って作られた教会や修道院の跡は、100を超えるそうです。
私たちは約2kmのコースを散策しましたが、早春の渓谷はなかなかさわやかで、途中、野生のアスパラガスがニョキニョキと生えていたり、かえるがはねていたりと、ちょっとしたハイキング気分でした。そうそう、途中、羊の群れとも出会いました。

ハイキングコースの終点の茶屋で、ツアーの皆さんと一緒にお昼ごはん。
二人揃って飲み物はアイラン(ヨーグルトドリンクね、)を飲んでいると、突然私たち2人の前に座っていた外人さん(トルコでは皆外人なんだけど…)が『それ何飲んでるの?』と日本語で話し掛けてきました。
『!?!?』こんなところで外人さんに日本語で話し掛けられるとは!なんでも彼は東京で外資系企業に勤めるアメリカ人!そのGさんは日本在住20年だけあって、日本語はぺらぺら。しばし3人で日本語の会話をしていると、最初Gさんと話していたイギリス在住のオーストラリア人の若夫妻が、興味深そうに私たちを眺めていました。『ん〜全然わからないわ、私、さっきから何か1つでも単語を拾おうとしてるんだけど…』とは奥様の弁。ご夫妻は『アンザック』を兼ねて、トルコ旅行に来ているんだとか。

↑渓谷の底を流れる川と羊飼いの少年に連れられた羊の群れ
 この『アンザック』。今回の旅行のプランを立てるときに、現地からも『アンザック』でオーストラリア人がいっぱい来るから混んでる、と言われていたものの、聞いても良くわからない謎の行事だったのですが、第一次大戦の激戦『ガリポリの戦い』で敗れたイギリス・オーストラリアなどの連合軍側の子孫が、その戦いの足跡や慰霊碑を巡るような行事なのだそうです。(※ガリポリの戦いの舞台はトルコ北西部のマルマラ海から突き出したガリポリ半島です。)


↑まさにスターウォーズの世界!
さて、遅いお昼ご飯が済んだら、キョレメに向けて再出発。
途中、スターウォーズの第一作でロケ地に使われたというセリメを遠目で見学。でも、第一作はあまりに昔でどのシーンなんだか全く覚えてない!今度またチェックしなくちゃ。
この村、私はすっごく気に入ったんですけど、時間がなくて、近くまで行けなかったのが残念!

その後はひたすら元シルクロードを突っ走り、途中、隊商宿跡を通ってギョレメに戻りました。

(次回へ続く)
■ 気まぐれコラム 〜日本語ガイドさん〜
私たちもお世話になった日本語ガイド。これはトルコの国家資格で、難しい試験をパスしないとなれない職業。
いつも当店の『今日のトルコ』コーナーにローマ字でトルコの3面記事ニュースを送ってくれているスタッフ君も、ただいま資格取得に向けて勉強中。
今回は、トルコの日本語ガイド資格試験についてのお話です。

第一関門は4つの試験からなります。
1つ目は、面接試験。ここではガイドの志望動機、なぜ日本語なのか?などをトルコ人面接官に話します。
2つ目は時事問題やトルコの地理など。
3つ目は5分ほどの日本語での面接。
最後はトルコ語→日本語、日本語→トルコ語の翻訳の筆記テスト。
…ふ〜大変!

でも、この4つのテストをパスしても、まだまだ資格はもらえません!
これらのテスト合格者は、半年間、ガイド養成学校でトルコの歴史などについて、詳しく勉強します。その後、約1ヶ月掛けて、国内の遺跡・観光スポットを実際に回っておさらいをし、そして、やっと最終試験。
最終試験では、その半年間習ったことのテストと、再び日本語の筆記&面接試験…と、本当に時間もお金も掛かる、大変な資格です。

でも、世界遺産もごろごろあって、観光地も星の数ほどあるトルコ、すべてに詳しくないとガイドできないのですから、難しいテストも仕方ないのかも知れませんネ。
ちなみにこの資格、トルコ国籍がないと取れないそうです…。


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